投稿

大学中退して困ったこと「就職に不利」「面接で色々聞かれる」

イメージ
僕自身、大学を中退しているのですが、就職活動は本当に困りました。 中退経験者は「わかるー」となってくれるでしょうし、中退するかどうか迷っている方は参考にしてください。 「中退したら就職は大変」って、知識としてはみんな知っているんですよね。 ただ、何がどのくらい大変なのかっていうのは意外とわかっていない人も多いのではないでしょうか。 僕の経験と、友人の体験談を交えてお話ししていこうと思います。 音声データを乗っけておきますので、聞き流していただけると幸いです。 コメントや相談も大歓迎ですし、ツイッターの DM なんかを送ってもらっても大丈夫です。 「自分はこんな感じです」 「ここはちょっとわかりにくいです」 「こういうテーマでも喋ってみてください」 など、些細なことでもいいのでメッセージお待ちしております。

留年あるある「勉強はそんなに嫌いじゃない」

イメージ
僕自身、留年を経験していますが、不思議とというか必然的に周りもそういう人になっていくんですよね。笑 その人達が結構共通して言うのは、 「勉強すること自体はそんなに嫌いじゃない」 「どっちかというと好き」 「でも毎週同じ時間に授業に出席するのが難しい」 「出席点を取る授業は無理ゲー」 ということですね。 これは僕も思っていまして、そういう方がこのサイトに辿り着いてくれたらいいなと思います。 音声を乗っけておきますので、聞き流してもらえると幸いです。 コメントも大歓迎ですし、ツイッターのDMなんかを送ってもらっても大丈夫です。 「自分はこんな感じです」 「ここはちょっとわかりにくいです」 「こういうテーマでも喋ってみてください」 など、些細なことでもいいのでメッセージお待ちしております。

「なんか違うな」と大学中退を考えている人にアドバイス

イメージ
音声で詳しく解説しております! 聞き流しつつ気になったところは画像と合わせて理解しながら聞いてください。

モチベーションをあげるにはイメージ力を高めること

イメージ
自分自身の経験と、いろんな人とのお話を通して強く思うのは、 やる気だったりモチベーションだったりが続かないというところで悩んでいる人は多いなということですね。 「何かわからんけどやる気が出ないなあ」とか、 「努力しても続かない」とか、 「自分って意思が弱いのかな?」とか、 そういった悩みを抱えている人はとても多いです。 で、それを解決していこうという話ではあるんですが。 まず前提として、努力できない人の方が普通です。 世の中の大多数の人はそんな強い意志を持っていません。 なので、自分は意志が弱いからって気に病む必要はありません。 ただ実際問題として、何か目標を達成しようと思ったら努力しないといけないのは当然の話でありまして。 頑張った人と頑張ってない人で結果に差がつくのも当然なので、どうやってモチベーションを高めていくかということについて、少しだけ手助けをしようと思います。 モチベーションを高めるコツは、自分の感情が自分の行動にいつどのように影響を与えるのかということを自覚することです。 そして、多くの人の場合は「こうなりたい」という強い欲求や「こうは絶対になりたくない」という恐怖感がある時に行動に影響を与えます。 単純な話、達成したいと強く思える目標があれば人間は頑張れるということです。 強い気持ちがある時というのは、やる気があるとかないとかの次元を超えて自動的に行動できます。 ただ、日常生活の中でそんなに強い感情が湧くこともあまりないので、それをちょっとイメージ力で補っていこうというのが今回のお話です。 こうなりたい自分だったり、こうなりたくない自分をなるべく具体的にイメージしましょうというのが今回の提案です。 東大を目指す受験生だったら、東大に通っている自分の姿を具体的に想像しましょう。 いきたいなーという曖昧な感情ではなく、 何時ぐらいに起きて、 こういう電車に乗って、 何時にキャンパスについて、 こんなふうに勉強して、 こんな友達ができて、 という事を、短編映画を作れるぐらいリアルにイメージしましょう。 お仕事してる方だったら、 部下に頼られて人気の自分であったり顧客様に感謝...

初対面の人と打ち解ける方法。使う言葉を合わせよう

イメージ
初対面の人とお話をする時って、 「なんとなく場の空気がぎこちないなー」とか、 「相手がなかなか心を開いてくれない」とか、 「知っている人とはよく喋れるけど初対面の人は苦手」 っていう悩みはよくありますよね。 今回はこれらのお悩みを解決するための方法を紹介します。 僕自身もともと人見知りですし、吃音で喋るのもあんまり得意じゃないので、 初対面の人と打ち解けるのが得意な方ではないのですが、 とはいえ仕事で喋るので、徐々に上手くなってきたかなと思います。 ですので、ちょっとしたコツをここでお伝えしようかなと思った次第であります。 割と単純な話なんですが、 ワードチョイスや話し方を合わせるというのはとても大切なことです。 例えば僕が服屋さんで服を売っています。 お客様が「紺系で探しているんですけど」って言ってて、 僕が「ネイビーですね」って言ったらちょっとイラッとしますよね。 そこは紺で合わせるべきです。 あなたが「今日の議題は…」って言ってるのに、 僕が「アジェンダ設定をしましょう」みたいなことを言い出したら、これもちょっとイラッとしますよね。 こういったちょっとしたひっかかりとか、ちょっとしたイラっとするポイントをなるべく排除していこうっていうのが今回の話の要旨です。 こういうちょっとしたワードチョイスひとつとっても、なんとなく引っかかりを感じて打ち解けられない時と、 スムーズに会話に入れる時が分かれてきますよね。 他にも、話し始めにつける枕詞であったり、 相槌に使う言葉だったりっていうのも僕は相手に合わせていきます。 チャラい人と話す時はちょっとチャラくなります。 「やばいすね」って言われたら「やばいすね」って言っています。 声の大きさとかトーンとかもなるべく相手に似せるようにします。 おおらかで声の大きい人とは大きい声で喋りますし、なるべく目立たずに静かに過ごしたいタイプの人とは静かにしゃべります。 本当にちょっとしたことなんですが、ワードや話し方を合わせることでスムーズにコミュニケーションに入ることができます。 上手く話そうとか、面白い話をしようとか思う必要はなくて、 違和感をなくしていくということ...

社会人の学び直しは何をしたらいい?○○を読みましょう

イメージ
最近色々な人とお話をしていて、割と皆さんに共通の悩みっていうのがあるなぁと感じたので書き始めました。 それは、「社会人の学び直しって何?」ということなんですよね。 今の会社には将来性がなさそうだから何かやらないとなとか、 勉強していかないと社会の変化に取り残されてしまうかもしれないとか、 英語を勉強しようかな?資格を取ろうかな?でも特に取りたい資格もないんだけど といったお悩みを抱えてる人が一定数いるということがわかりました。 僕も考えてはいますが、一番大事なのはズバリこれだというのはわかっています。 それは 「教科書を読みましょう」 ということです。 中学レベルのものでOKです。 教科書ほど、世の中を生きていく上で必要な情報が網羅的かつコンパクトにまとめられている本はなかなかないですね。 中学の勉強って言うと、年号だったり化学式だったり色々と細かく暗記していかないといけないっていうイメージもあるのかもしれないですが、 そういった細かい暗記事項ではなくて、 どういう考え方でその結果に至っているのかと いうところを学ぶことが大切です。 やはり学校で習うことというのは、仕事をしたり、さらなるステップアップのための勉強をしたりする上で前提となる知識なので。 その理解が不足していると他の勉強も難しくなりますね。 「今さら教科書を読むのなんて馬鹿馬鹿しい」って思う方もいるかもしれないですが、 いざやってみると意外と分かってないことがたくさんあるはずですので、やってみたらいいんじゃないかなと思います。 まずは「 分からないことを自覚する 」ということが大切です。 で、分からないことが何なのかが分かればそこに絞って重点的に勉強していけばいいので。 分からないことが何なのかを分かる為にも、網羅的に一旦やってみるのはアリなんじゃないかというのが僕の意見です。 そして、本当にやりたいことが出来た時に、そういった基礎学力が身に付いていることがとても大切です。 何かを始めようと思った時のスピードが全然違います。 例えば、「行政書士の資格でも取ろうかな」と思ったとします。 で、行政書士の試験っていうのは憲法、民法、行政法、商法、政治...

一番初めに案を出すアイディアマンになろう

イメージ
 まあ初めに結論から言ってしまいますとですね「一番初めに案を出せる人間になろう」っていうことなんですけれど、 もうちょっと順を追って説明していきますね。  こんなことありませんか?ということで、 「職場の空気が重いなあ」とか、 「同じ仕事ばかり繰り返しているなあ」とか、 「会議をしても何も決まらないなあ」とか、 「自分の意見は軽んじられている」とか、 そういう事ってありませんか?ということで、これらの問題を解決するためにどうしたらいいかという話をしていこうと思います。  これはタイトルでも言ってる通り「自分が始めに提案をしましょう」ということです。 「こういうのやってみたらどうですか?」とか言うのを自主的にやってみましょうということです。 はじめはきっと反対されると思いますが、それでもやってみましょう。 僕は服屋さんで働いているんですけれど、 「こういうのを仕入れてほしい」とか、 「陳列をこんな風にしたい」とか、 そういうアイデアを上司に言うんですね。 反対されることもあれば、よしやってみようってなることもあるんですけれど、 とにかくアイディアを出すということがまずは大切です。 初めからパーフェクトなプランを出すことはできないと思うので、その時々の自分にできる範囲でオッケーです。 結局のところ、人の意見の欠点を探すのって簡単なんですよね。 他人の案の粗探しは誰でもできるし、いくらでもできます。 だからこそ自分が初めに何か話して話題を作った方が他の人は話しやすくなりますし、 まあ何か反論されるとしても、 その反論に対する反論を考えるうちに自分の思考力っていうのもどんどん上がっていきます。 これは全体のためでもありますし、自分のためにもアイデアを出す経験は大切です。 感覚的にわかる方も多いと思いますが、 やっぱり何もないところから「何か喋れ」って言われるよりは、 なんかしらの議論のたたき台的なものがあるほうが話しやすいですよね。 何か中心となるトピックがあることで他のみんなも考え始めますし、意見も出やすくなります。 また、その意見を出し合う中で、みんながどういうことを考えているのかとか...

胡散臭い話だけど徳を積むのもアリかもしれない

本当に自分で言っててもうさんくさいなーって思ってるんですけれども、 「徳を積む」 みたいなこともありなんじゃないかなっていう気が最近はしています。 まあここで「徳を積むとは何か」みたいな定義論から始められると困るんですけれども。笑 そんな仏教に詳しいわけでもなんでもないので、もうちょっとあっさりと考えて、 「いいことをする」ぐらいのニュアンスで書いていきますね。 とにかく、何の儲けにもならないとしても、1円の得にもならないとしても、 人のためになるようなことをやったらいいんじゃないかなと最近考えています。 例えば小さな話で言うと、 ゴミを拾うとか、 電車で席を譲るとか、 重い荷物持ってる人手伝うとか、 本当にその程度のことでいいと思います。 ただそこでちょっとスピリチュアルな話になるのは僕はあんまり好きじゃなくて、 天の神様がみてるだとか、 因果応報的な話で自分に返ってくるとか、 そういう話をしたいわけじゃないんですよ。 自分のメンタルのためにもいいですよ って話です。 いいことしたら「俺いいことしてるやん」みたいなちょっとワクワクした気持ちになりますよね。 僕はよく職場の掃除をしています。 僕の職場の掃除って、別に担当箇所が決まってるわけでもないし、何曜日は○○さんがやるって決まってるわけでもないんですよね。 強いていうなら、「手が空いた人がやる」みたいな感じで、 掃除をしたら給料が上がるわけでもなければ、 サボったら給料が下がるわけでもなく、 みんなのボランティア精神に頼ってるところがあります。 それは十分わかってるんですけれども、それでも僕はやりたいわけです。 やっぱり掃除をしたら綺麗になったっていう達成感もありますし、みんなも喜ぶし、お客様も快適だし、結果的にいい評判に繋がるかもしれないし、特に悪い事って無いんですよね。 確かに1円の得にもならないのですけれど、逆に損をすることもないので、かなり率先してやっています。 抽象的な話ですが、苦しんでいる人がいるって気付いてたのにそれを見て見ぬふりした時の罪悪感ってありますよね。 罪悪感って言うと大げさかもしれないですけれど、なんかモヤモヤした感じ、心がざらついた感じになります。 ...

何かをできるようになるために必要なのは「できるようになりたい」と思うこと

今日はね、 何かをできるようになるためには そのことをできるようになりたいと思うことが何よりも一番必要なんだ、 っていう話なんですけれど。 もうタイトルで全部言ってしまってるんですけれども、まあ読んでいってください。 例えばの話、東大に行きたいって思ってないやつは東大にはいけないわけですよね。 行きたいと思って努力をして、その結果合格するわけで。 行きたくもないのに努力をするっていうのは、 これはかなりの無理難題だと思います。 なんか教育害悪ママみたいなのがいますけれども、「勉強しろ勉強しろ」って言っても本人がやりたいと思ってなかったら結局はやらないわけですよ。 ちょっとこの例えが合っているのかわからないんですけれども、 栄養学をやってる友達に聞いた話で、 いかに栄養のあるものを食べても、「まずいなあ」って思いながら食べたらうまく栄養が吸収されない らしくって。 勉強も同じなんじゃないかなって思います。 いかにすごい先生とか、すごい参考書とかで勉強してても、 自分ができるようになりたいって思ってないとできるようにはならないだろうって、 まあ僕なんかは思ってるんですね。 人によっては、「もう親とか先生とかの言うがままにやってたらできるようになってた」みたいなそういう人もたまにはいますよ。 その人は多分才能があるんですね。 「やってたらできちゃう」みたいな。 「やりたいとかやりたくないとかじゃなくて、やればできるだろ」みたいな。 そういう感じなんだと思うんですけれども。 ただね、いくら才能とか素質とかのある人でも伸び悩む時期っていうのがどうしてもやってきますよね。 なんか「今までと同じようにやってるのに今までと同じようには結果が出ないっていう時期」っていうのが必ずやってきますよね。 そういう、「え、全然ダメやん。全然伸びないやん」っていう時期に、 「いやもっと頑張ろう」って立ち直らせてくれるものっていうのは、 やっぱり 「それでもやりたいから」 だと思うんです。 もちろんその勉強をすること自体が目標じゃなくて「いい大学に入りたい」とか、 「いい大学に入ってモテたい」とか 、 「いい大学に入ったらいい仕事つける」とか、 まあモチベーシ...

僕は視野が狭い。自分と似たような人としか出会っていない

最近ちょっと考えていることがあって、 日本の統計とかいろんなデータとか見てて、進学率のデータを見ながら考えていたんですけれど。 まあ高校進学率が98%とかで、大学進学率が50%超えてて、高学歴化が進んでるんだなーって思いはあるわけです。 ただ逆に、 大学進学率で50%そこそこなんだ! って思って。 その、50%ってことはシンプルな話、 100人とランダムに喋れば 50人は「大学行ったことないです」っていう人と出会わないとおかしい はずなんです。 そんなことはないよなーと思いまして。 あくまで僕の感覚ですけれども、僕の生活圏の中でランダムに100人しゃべったら90人ぐらいは大卒もしくは大学在学中になるんですよね。 別に「俺の交遊関係は高学歴だぜスゴいだろ」みたいな話がしたいんじゃなくて。 僕自身もね、浪人したり、留年したり、中退したりして、 その中で色んな仕事とかもして、 結構いろんな人と出会ってきたと思っていたんです。 「勉強教えて!」って色んな人に言われるので、 浪人生だったり、ホストだったり、10歳も20歳も上のおじさんだったり、 いろんな人に勉強を教えてきたと思っていたんです。 でもそれって、あくまで大学っていうのに入ってた人か、もしくはそれを視野に入れてる人 としか出会ってないということに改めて気がつきました。 これはその、みんなも大学に行った方がいいよとか、そういう話をしてるんじゃなくて。 結局何が言いたいかって言うと、 いろんな人と出会ってきたつもりでも結局自分と似たような人としか出会ってこなかったんじゃないか っていうことなんですよね。 そういうことを最近思い始めて、 あくまで自分の見てる世界で、 自分の知ってる人達で、 僕の感覚っていうのは作られてるわけです。 結局自分と似たような人としか出会ってないんだなーって思って。 もしかしたらどこかで出会ってはいるのかもしれないんですけど、まあしゃべってはないなと。 そうしたらなんか、 僕が今知ってることっていうのも高が知れてるし、 ましてやこれから出会う人のために、 まだ出会ってもない人のために何かをしようなんて、 逆におこがましいんじゃないかっていう気分に...

人間関係に疲れた。自分のスタンスを明確にすることについて

最近 「いい人すぎて自分が疲れちゃう」 みたいなことが、 結構自分の周りの知り合いとかでいっぱいて。 すごいいい人なんだけど、いい人であるがゆえに周りに気を使いすぎて全然自分の言いたいことも言えないし、 自分の時間も取れないし、 神経すり減らしています。 みたいなそういう知人が結構いて。 心配だなーって思いますし、何とかしてあげたいんですけれども。 ただね、僕がそんなお説教みたいなことできるような立場でもないし、 僕自身がすごい不安定な身分ですし、 偉そうなこと言うのもなーって思うので。 まあこういう一般公開できる形にしておいて、ちょっとまあ時間のあるときに見てくれたらいいかなぐらいの感じで、 一応記事にしておこうかなと思います。 「いい人すぎて疲れる現象」を脱却するために何が必要なのかなって考えた時に、 やっぱり 「自分はこういう人間です」 っていうのをはっきり言ってしまった方が楽になるんじゃないかっていう話です。 自分のスタンスを決める。 いろんな人に味方しようとするから疲れるのであって、 自分はこのスタンスでやってますっていうのをちゃんと出したら少しは疲れなくなるんじゃないかなって。 要するに 堂々としてればいい っていう話でして。 すごい極端な話ではあるんですけれども、 「新聞赤旗は共産主義に偏ってる」 みたいなそんな叩き方する人っていないんですよね。 「共産主義は間違っている」とか、 「あいつらは共産主義を理解できていない」とか、 そういう叩き方はあり得るでしょうけど。 赤旗が赤いのはもう当たり前の話であって、 むしろ赤いからこその赤旗みたいなそういうところはあるので。 あの人たちが 「共産主義はすごいんだ」 っていうことを言ってももう誰も何も思わないわけですよ。 むしろ一見「公平に報道してます」みたいな顔して偏向報道してると叩かれると思いますよ。 あそこまで自分のスタンスがあると逆に叩かれないんですよね。 あともうちょっと違う話なんですけれども、 「京都に高層ビルがない」とか 「京都にもあべのハルカスみたいな高層ビルを作れ」 みたいなそんな叩き方をする人もいないですよね。 京都市はもうずいぶん前から...

欠点を魅力にすりかえる。「人生は演劇だ」その2

ずいぶん前に書いた記事で「人生は演劇」みたいな話をしたんですけれども、 生きるのが難しい人にオススメ!「人生は演劇だ」 それが結構好評でたくさんのアクセスが集まっているので、ちょっと続編って言うか、 まあ本質的には違う話ではあるんですけれど、 ちょっと似たような話をもう一個しておこうと思って、 記事を作ってみようかなあなんて思ったりて今書いてるわけなんですよね。 その記事を書いたあとで思ったことは、 「人間の性格っていいとか悪いとかでスパッと割り切れるものでもないなー」 ということなんです。 それは前から常々思っていたことではあるんですけれど、 例えばの話、「優柔不断なところが悪い」って言うのか、 「慎重なところがいい」って言うのか、 それって現象としては同じものを見てるのに受ける印象が違うんですね。 好印象にも悪印象にもなる。 まあ同じような話で、 「明るくていい」って思われるのか、 「うるさいやつ」と思われるのかっていうのは けっこうそのデリケートな線引きと言うか、 際どいラインの、些細な違いしかない っていうところはありますよね。 でもやはり、人によって、 「同じことを言っていてもなぜか好意的に解釈してもらえる人」 っていうのがいるなって思って。 欠点と魅力ってものすごくすれすれの境目でかわってしまう んですよね。 要するに、同じこと言ってるのに良い印象になる人と悪い印象になる人がいて、それと演劇の話をちょっと絡めてやっていこうかなぁなんて思ってるわけです。 なぜか好意的に解釈してもらえる人の特徴はいくつかありますが、代表的なものを紹介しておきます。 もうあれですよ。皆さんお待ちかねの。 こんなこと言ったら身も蓋もないんですけれども、 「見た目がかっこいい」 とかですよ。 皆さん薄々気付いてますよね。 絶対否定できない部分はあると思います。 前にハロー効果の話もちょっとしたんですけれども、 バイアスってなんだ!?~ド素人の僕と学ぶ心理学~ ハロー効果 というのは「見た目がいい」みたいな 一つの好印象で他の部分もいいような気がしてしまう っていうことです。 まあ顔がかっこいいとかはすごい分かりやすいですし、あとは何か凄い学歴があるとか、親...

悩んでる暇なんかない!人生のすべてはトレードオフだ

今日は 「人生の全てはトレードオフ」 っていう話をしようと思います。 そもそも トレードオフ というのは、「こっちを実現しようとするとこっちは実現できないみたいな」状況を指します。 例えば「co2削減すると経済成長が鈍る」みたいな、 そういうのをよく「環境保全と経済成長はトレードオフなのか」っていう言い方をします。 日本語で言うと二律背反とも言いますね。 要するに、 何かを達成するために何かを諦めなければいけない っていう状態のことをトレードオフといいます。 環境問題とか、あとまあ僕が専門にしてる分野で言ったら行政のお金の使い道とかもそうですね。 税金を集めて公共政策に使うわけですけれども、集まった税金を全部介護に使ってもダメだし、全部教育に使ってもダメだし、全部建設に使ってもダメだし、みたいな。 全部を頑張るっていうのは無理なので、なんかしらの選択っていうのが発生するんですね。 このように何かのために何かを諦めなければならないっていう場面はどんな分野でも必ず出てくるわけです。 《個人の生活もトレードオフ》 それはさっき例に挙げたような社会全体のマクロな意思決定だけじゃなくて、個人の人生の中でもそういう事ってこういっぱいあるんじゃないかなと。 そう思って記事を書き始めました。 めちゃめちゃシンプルな話なんですけれども、 寝てる間っていうのは勉強することはできない ですよね。 テスト前とかだったら特にいっぱい勉強をしようとか思うこともあるんですけれども、でも睡眠時間を削りすぎると体力的に持たないし、みたいなことが起こります。 勉強してる時間は寝れないし、寝てる時間は勉強できない わけです。 《もう少し大きな視点》 もうちょっと他の例で言うと、例えば学校行ってる間は会社に行けないですね。 中学までは義務教育なのでまあみんな学校行ったらいいかなと思うんですけれども、ここ以降は一応法律的には学校に行かなければならないわけではないので、 例えば人によっては高校に行くよりも中卒で働いた方が有意義っていう人もいるかもしれないですね。 全く逆の例で言えば仕事したら学校行けなくなりますから、お金は稼げるかもしれないですけれども良い環境で教育を受けるっていうことは難しくなります。 ...

結果を出したいからこそプロセスを大切にする

こんにちは、こんばんは。 この間、結果が大事だよっていう話をしたんですけれども。 ただまあね、結果ばっかり求めてるとしんどいっていうのもそれはまた事実でして。 この点に関して僕が思っている事があるので、それを記事にしておきます。 結論からいうと、 結果も大事だけどプロセスも大事だ ということで、まあ極めてありきたりなことなんですけれども。 当たり前だからこそ敢えてもう一度言っておきます。 結果も大事だけどプロセスも大事だよ! 《簡単かつ最大の問題》 ただ、これには大きな問題がありますね。 皆さんもわかってるとおもうんですけど、 「プロセスの評価」ってあまりされない ですよね。 前も言った通り、 相手は結果しか興味がない わけですよ。 入試でも、受かったか落ちたかしかないんです。 「惜しかった」とかないんですよね。 「あと一点でした」みたいな、それも関係ないし、 「1日10時間やりました」っていうのも関係ないわけですよ。 落ちた時はもう落ちた んです。 《でも・・・》 だからプロセスで頑張ったから結果は関係ないっていう話をしたいわけではなくて。 「プロセスの評価はあんまりされないけれど、プロセスを楽しむことはできるでしょう?」 っていうのが僕の意見なんですよね。 《漫画の話だけど》 黒子のバスケの木吉先輩も言ってました。 「山登るなら目指すのは当然 頂上だ…が 景色もちゃんと 楽しんでこーぜ」 って。 このメンタリティですよね。最高です。 僕はこれが大好きです。 もちろんやる限りはてっぺんを目指しますよ。 そうじゃないとやる意味ないと思ってますし。 でもやっぱ、途中で見えるものとか感じたものとか、っていうのもすごく大事なんじゃないかなって思って。 《例えば勉強なら》 受験の話ばっかして申し訳ないんですけど、「一生懸命頑張って勉強しました。でも落ちました」ってなったときに、じゃあその一生懸命頑張ったプロセスが全部無駄になるんかって言うと、そういうことじゃないだろうっていうことなんですよね。 その中で気づきを得るっていうことも当然あると思いますし、また努力してる最中にも自分だけしか知らない感情とか、そういうものがどんどん蓄積されていくと思...

世の中結果がすべてだということは受験勉強で学んだはずなのに

最近、世の中結果が全てなんだなって思うことがたくさんありまして。 もう「頑張ったんで」みたいな、「こんなに努力したのに」みたいなそういう言い訳が全く通用しないような、そういう場面が多いなーって思っています。 個人的にはすごく頑張ったつもりでも世の中的には全然凄くなかったり、「結局それ意味あるの?」みたいな感じになってしまったり、 そういうことってありますよね。 ブログだってそうですよ。 めっちゃ何時間も頭捻って書いたからと言って読んでもらえるわけじゃないし、30分くらいで書いたやつで簡単に何百アクセスがポンっと来ることもありますし。 まあ落ち込むことは落ち込むんですけど、でもこの 「結果が大切だ」 っていうのは受験生時代に痛いほど思い知ってきたんじゃないかっていうことを思い返して、自分のなかで整理しながら記事にしていこうということなんです。 紹介文でも言っているんですけど、僕は浪人してるんですね。 高校生の時はもう大学受けたところ全部落ちてもう仕方なかったんですけど、 その時もね、 頑張ってなかったわけじゃない んですよ。 それなりに頑張ってたと自分では思っていて、部活もやりながら部活の一日練習の昼休みとかも勉強したりして、そうやって頑張ってたわけなんですけど、それでもダメだったんですよ。 《入試自体、努力を評価するシステムじゃない》 そもそも入試のシステム自体があれって「何時間勉強したら受かる」とか「参考書何冊読んだら受かる」とかそういう問題じゃないですよね。 シンプルな話、「何点取ったか」でしか評価されない。 「1日10時間やりました」とか「何年前から準備してました」とか、そんなことは一切関係ないわけですよね。 結局その テスト当日に答案を書けたか書けなかったかでしか評価されない ですよ。 まあこれが結果を出すってことなんかなっていうのはその時に痛いほど分かったはずなんですけれども、でもまだまだ甘かったなぁなんて思って。 《他のことでも同じこと》 これからの時代、 「頑張ったんです」が通用する事っていうのがどんどん少なくなっている んですよね。 今、働き方改革だの労働生産性だの裁量労働だのとか色々言われてるわけですけれども、 それも結局、要は 「何時間会社にいたか」...

「勤務時間中にタバコ休憩があるのはずるい」←わかる

最近すごい考えてることがあって、「タバコ休憩を何回も行くのはずるい」みたいなそういう話ってありますよね? 吸わない人はちゃんと休憩時間に休憩してるのに、タバコ吸う人は休憩時間以外の休憩時間があるのはおかしいっていう。 そういう意見があるじゃないですか。これ めちゃめちゃ真っ当な意見 ですよね。 だってシンプルに休憩時間の量が違うから不公平ですし、何でお前だけいっぱい休憩できるの?みたいな、 それは一理どころか百理くらいあると思うんですよ。 めちゃめちゃよくわかります。 うちの会社にもいるんですよ、そういう上司が。 何回も休憩行く人が。 「お前どんだけ休むねん」、みたいなね。 「しかも普通の休憩時間もあるんかい」っていう。 この不公平感はめちゃめちゃあって、それはよくないなって話なんです。 《他にもっと悪いことはないか?》 ただね、「こういうのよくないよね!バイバイ!」っていうのは思春期おじさんらしくないですよ。 ここでひとつ言っておきたいことがあって、じゃあ「休憩せずにずっと仕事してる人は本当にずっと集中してるのか」っていうのはちょっと疑問ではあるんですよね。 だってまあ、例えばデスクワークの人とかでも、座ってる間ずっと集中してるなんてことってなかなかないと思いませんか? それって逆に難しくって、確かにこう2時間、3時間机に座ってることはできるのかもしれないですけれど、 その2時間3時間の間「ずっと集中してるか」と言われたらちょっとそれは疑問と言うか 、ほぼ不可能ですよね。 《例えばの話》 これはあくまで可能性ベースの話なので何か具体例があるわけじゃないんですけど、 もしかしたら例えば1時間のうちの55分は超人的に集中して5分タバコ吸ってる人っていうのがいるのだとすれば、それはそんなに悪いことじゃないですよね? むしろ良い働き方だと思うんですよ。 自分の働き方をよくわかってる、できる人ですよね。 もちろんここで何回も休憩に行ってるっていうのは間違いないんですけれども、 じゃあ仕事してるポーズだけしていて本当は仕事してない人はずるくないのかと言われたら、それはちょっと返事に困るみたいなところはあるじゃないですか。 ここで挙げている例は極...