オリジナリティを創り出せ!教養学習と新奇性の関係は
こんにちは、こんばんは。 思春期おじさんです。 この間、行政職員の方に 「もっと新しいシステムを考えてほしい」 と言われたので、しばらく考えてから改めて 「例えばこういうのとか・・・」 と提案したところ、 「前例が無いからなかなか難しい」 と言われてしまいました・・・・ いや、そりゃそうでしょ! 僕が考えた事なんだから前例がある方がおかしいでしょ! 前例通りにやったら行財政改革になってないよ!!!!! とまあ、こんなことがありました笑 ※ご本人にもそういったのでこのブログの存在がバレても問題ありません 《”前例通り”の罠》 もちろんあの人たちも、「新しいことをやろうとしたら前例はない」という事ぐらいわかっています。 わかったうえで、逃げ腰になっているんですね。 行政の場合は先に予算を組みますから、計画段階から「予算が取れる」という事を前提に考えなければなりません。 そして、例年通り、前例通りの事業であればその辺りの交渉は比較的容易なのですが、全く新しいこととなると、どれくらいのスケール感で進めていけばいいのかがわからないのです。 結果として予算審理は難航し、実施に踏み切れないということです。 また、やったことがないことなので、どれくらいの成果が出るのかもよくわからない状態です。 もし失敗したとき、 誰がどうやって責任を取るのか ということが非常に難しい問題です。 立案者も、実施者も、財政課も、ゴーサインを出す偉い人も、その責任を取りたくないのです。 だから新事業というのはなかなか実施されないのですね。 《それでも世界は回り続ける》 そうはいっても、世の中は待ってくれません。 激動の世の中で子供たちに何を伝えるか? でも言及しているように、世の中はとんでもないペースで変化しているのです。 誰が昇進するとか部署内での政治力学よりももっと重大な問題がすぐそこにあるのです。 これだけ雇用が流動化して、国境も無くなってきて、人も財も自由に行き交っているこの時代においては、 現状維持をするというリスク 新しいことをやらないというリスク が存在します...