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社会を知る近道は中学公民を学びなおすことだ

報告です! 大人こそ知っておきたい中学公民学び直し ( https://www.otonakouminn.com/ ) というサイトを作りました! 何の前置きもなく突然この話始まってしまったんですけど、最近、中学生の公民を解説するサイトを作っていまして、 何をやっているのかというと公民を解説するサイト作っているっていうくらいのことしか言えないんですけれど。 《いったい何のために?》 なぜそんなことをやっているのかというと、結論から言えば「もっとちゃんと勉強したい」とか「改めて考えると勉強たのしいよね」っていう大人のために作って います 。 大人が中学の公民を学び直すっていう時に見てほしいなみたいなサイトではあるんですね。 僕は大学で公共政策を専攻しているんですけれども、その公共政策の勉強をしてるうちに「民主主義が・・・」とか「公平な社会は・・・」とか経済的なこととか「需要と供給が・・・」みたいなこととかを勉強するんですね。 なんかそれって冷静に考えたら「結局全部公民の教科書に載ってたな」って思って、それ全部中学でやるやん!みたいな感じで思って。 だから逆に考えればこの中学レベルの公民をみんながきっちり理解すれば、社会科学専攻の大学生と同じくらいの知識が誰でも得られるんじゃないかなって思った次第で。 じゃあやればいいやんと思ってこうやってサイトを作り始めたわけなんです。 《公民って面白くないよね・・・》 ただそうは言っても、自分が中学の時とかのことを考えてみると、公民って「おもんない教科ランキング」の結構上位を占めるみたいな感じがあるっていうか、あまり好かれがちな教科とは言えないですよね。 まあ僕がそうだったんですけれど。 基本的に楽しい時間では無かったような記憶がある人も多いはず。 でも 一度理解した上でもう一度やってみると案外面白いな と思っています。 何て言うんですかね、この喩えが合ってるかはわからないですけれど、RPGで 「2週目からが本番」 みたいな 、「強くてニューゲームです」 みたいな状態に今なっているんですよ。 強くてニューゲームめっちゃ楽しい!みたいな。 特に大人の場合、 自分が今...

「常識的に考えてそんなことしない」常識って何?

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こんにちは、こんばんは。 思春期おじさんです。 例えばの話、電車や公園などの公衆の面前でイチャイチャするカップルを見てどう思いますか? 「人前でそんなふしだらな!けしからん!」と思う人もいるでしょうし、 「海外では普通だし、別に良いんじゃない?」と思う人もいるでしょう。 どちらの主張にも根幹には「自分の思う普通な事との比較」というのが横たわっています。 この”普通””常識”という言葉は大層曲者ですね。 《あなたの常識はいつのものか、どこのものか》 「普通に考えて・・・」「常識的に・・・」 という言葉はとても一般的でよく使う文句でありながら、一方でほぼ何も説明していないに等しいです。 「人前でイチャイチャするのは非常識だし無礼だ」と考えるのは昔からの日本の常識ですね。 奥ゆかしさや品性を大切にする文化から導き出されるものです。 一方で「恋人同士が愛情表現をするのは普通のこと。人前でキスしても問題ない」というのは欧米では普通のことですね。 パリとかでキスしてる人を見ても特に何とも思わないです。 近年はグローバル化が進み、日本人が海外に行くこともあれば、外国人が日本に来ることも沢山あります。 人も文化も混じり合っているので、当然ですが”普通の感覚”も混じり合っていきます。 だから日本の常識や価値観が変わっていくこと自体は何ら不思議ではないのです。 《常識 -common sense とは》 語学的には、日本で「常識」という言葉が使われてきた歴史はそれほど深くはありません。 開国後、英語のcommon senseを日本風にアレンジしたのが「常に存在する意識=常識」なのです。 そして、このcommon senseという言葉を辞書で引くと、 the basic level of practical knowledge and judgment that we all need to help us live in a reasonable and safe way (Cambridge dictionary ) the ability to behave in ...

学校と家庭の連携?ふざけるなよ!子供を潰す気か!

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こんにちは、こんばんは。 思春期おじさんです。 近年、教育における学校と家庭、或いは塾なんかも、 連絡を密にして連携して子供に接するのが大切だ とされています。 確かに、親と先生とが全然違うことを言ってきたら子供は混乱します。 何を信じたらいいんだ? となることでしょう。 だから しっかりと連携を取って一枚岩の教育を実施するべきだという主張は至極真っ当である という気はします。 ですが、タイトルからも想像がつくと思いますが僕はこの考え方に疑問を持っています。 親や先生の言うことをすんなり受け入れられる人はそれでもいいかもしれません。 でも、「なんか違うな」「そういうことじゃないよな」と思ってしまう子はどうしたらいいでしょうか。 《親とは、先生とは、大人とは》 例え親子であっても別の人間 です。 どんなに長い時間一緒にいても、どれだけ大切に思っていても、感情や価値観はどうしても異なっていきます。 もちろん人間として当然守るべきこと、法律が有っても無くても当然にやってはいけないこと(暴力はいけない、人のものを取ってはいけない、約束を守る、等)は親がしっかりと躾をするべきだと思いますが、 社会的な価値観は親子であっても違って当然 だと思います。 先生も同じです。 確かに先生は学習面では生徒・児童よりかなり進んでいますし、人生の先輩でもあります。 尊敬すべき相手ではあると思います。 しかし、 人間として根源的に立場が上かというとそんなことはありません。 生まれつき偉いということは無いのです。 いつもいつも正しいことを言える訳でもありません。 そもそも「正しいことって何?」という話ではあります。 そう考えていくと、親も先生もいつでも子供の為になることを言える訳ではないのです。 当然ですが、大人たちは親切のつもりで子供に声を掛けます。 「勉強をしなさい」 「宿題はやったのか」 「この偏差値ならこの学校だな」 「そんなの社会では通用しない」 「世の中そんなに甘くない」 「もっと現実を見ろ」 ・・・・・・・ こういった言葉は別に意地悪をしようというのではなくて、基本的に子供の為を思って発されます。 ...

過去はますます遠くなり、未来はますます不確実だ

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現代は変化の速い時代だ という話はこれまでにも何度かしているのですが(参考: 激動の世の中で子供たちに何を伝えるか? 日本の企業はどうなる?就職は?いつどこが倒産してもおかしくない )、 それについて興味深いことを言っている人がいたので記事にします。 それがタイトルに冠した、 「過去はますます遠くなり、未来はますます不確実だ」 これはこれからの時代、みんなが肝に銘じておく必要のあることでしょう。 順を追って説明します。 ” 過去が遠くなる ”とはどういうことか。 突然ですが、この記事を書いている2018年現在の10年前である2008年に、日本でiPhoneがここまで流行ると確信していた人はいたでしょうか? 当時はスマートフォンという言葉さえ使っていなかったと思います。 今ではこんなにも一般的で誰でも使えるようになっていますが。 10年でこれだけ大きな変化があるような、新しい言葉が生まれてそれが定着するような、そういう時代なのです。 例えば何百年も同じような農業や漁業をやっていた時代であれば、これは考えられない変化ですよね。 何千年レベルで同じような石器を使っていた時代もあったんですよ。 変化のペースが上がることで、同じ10年でも現代の方が対応すべきことが格段に増えて、その結果 10年前の事がものすごく昔の事のように感じてしまう のですね。 それと同じ理由で” 未来は不確実”。 10年後にどんなアプリが流行っているのか、全く予測できません。 「今時iPhoneなんか使ってんの?wwww」 ってなっているかもしれませんし。 将来予測は格段に難しくなっている と思います。 変化の遅い時代であれば、経験豊富な年長者の意見というのは、絶大な効果がありました。 気候変化の予兆だったり、狩りのコツだったり、生活の知恵だったり、年配の方の意見は絶対的に正しいものでした。 今は違う。 経験が当てにならない。 年配の方に情報過剰社会の企業戦略なんかを考えてもらうのは難しいのです。 スマホの基本的な操作もできない人が多いですからね。 経験が役に立たない。 だから若者も高齢者にリスペクトがな...